小島ゆかりが書きつづったコラムは、旅や音楽を通して気づいた魂の旅路です。
内観
導かれて
2001年1月21日 私は奈良県大和郡山市にある内観研修所を訪れました。
21世紀が明けて私達を取り巻く世界のエネルギーの変化に気づかれている人がたくさんいらっしゃることと思いますが、世界全体のみならず個人レベルでの変化も起こり続けています。
私自身、個人的にですがこの内観に導かれたのはその流れの中の一つとして捉えています。
寒の最中、奇しくもこの日はお釈迦様が悟りを得るため修行を行われたという21日間の内の一日でした。
ここに来る事を勧めてくれたのは魂レベルで全面的に信頼をしているNさんでした。この方は全く純粋で無欲な人です。以前からNさんから「内観という素晴らしい体験をできるものがある」 「機会があれば行ってみたらいい」と聞かされていました。
お正月気分が少し収まった10日頃だったと思います。私達は何を話すでもなく普段の会話をしていました。その日またNさんから内観の話題が出てきた時、ふと私は「行ってみようかな…」と呟いていました。何の気負いもなく自然に言葉が出ていました。すぐにNさんが内観研修所に問い合わせの電話をかけてくれたところ、21日から1週間 内観に入ることが出来るとの事です。それじゃぁ行ってみましょうね、ということになりました。
年末からお正月にかけては内省の時間に充てようとぼんやりと思っていましたが、このように自然な流れの中で物事が決まってゆくのを少し驚きを持って見つめていました。
後になって分かった事ですが、21日から27日は旧研修所建替えため春になるまでの間で集中内観が行える最後の1週間でもありました。この1週間は全く私にとって最高のタイミングで迎えることのできた1週間でした。
内観法
集中内観
内観には集中内観と日常内観があります。今回のように研修所等に宿泊して集中的に行うのが集中内観です。集中内観の方法はとてもシンプルです。部屋の隅、約半畳を屏風で囲い、その中に座ります。座り方は正座でも、安座でもかまいません。目は閉じても、開けてもかまいません。毎日、午前5
時から午後9時頃まで お風呂とトイレに立つ以外は屏風の中で過ごします。食事も研修所の方が持って来て下さいますのでその中で頂きます。
同室になった方々との会話をはじめ、電話やテレビ等は禁止です。徹底した集中をする為にこのように外界との接触を一切遮断します。
そして自己観察を約1 週間程行います。
自己観察の方法は3つだけです。
誰かに対して 1)していただいた事 2)して返した事 3)迷惑をかけた事
これを4対2対4の割合で、まず自分の母親から始めます。 約2時間程の間に、自分の年代を追って3年程度を一区切りとして現在に至るまでを調べます。
最初は自己観察というよりも、あの人はこんな人だ、この人はこういう風だと、ついつい批評になってしまいがちですが、判断するのではなく事実だけを掘り起こし、第三者的な視点で自分の過去の事実を観察し続けるのです。
2時間程経つと面接者の先生が訪問して下さり、 「今はいつの誰に対して調べていただけましたか?」「あなたはどう思いましたか?」と一切の判断をせず、内観者のお話を聞いてくださいます。
内観者の話の内容が批判、批評を帯びたものであった場合には事実を観察するようにアドバイスをくださる場合もありますが、多くの場合には内観者の話しについて面接の先生の見解を入れず、指導するのではなく、内観者の気づきを待つ姿勢でただ話を聞いてくださるのです。
内観の対象が自分の母親から始めるのは、人生において最も基本の人間関係だからです。 母親を調べた後に、父、兄弟姉妹、夫や妻、子供、肉親、友人、仕事場の上司等、自分と関わりのあった人を次々と調べてゆきます。 こうして7日間、屏風の中で内観を行います。
最初の内は手足がしびれたり、眠くなったり、雑念が入り込んでなかなか内観に集中できませんが、数日たつにつれて、内観が深まると共に自分の過去の事実を客観的に見ることが出来るようになります。
この7日間の集中が終わった後には、自分を純粋に自覚することができ、自分と関わりを持つ人達への感謝の思いが沸き起こり、素直にこの世界で生かされていることへの喜びに満たされ、自分が認識していた世界観が大きく変化していることに気づきます。
日常内観
集中内観は内観を日常に取り入れる為の入り口です。
日常内観は一日の内、1〜2時間程度、半分を過去の事実、半分を今日起こったことについて観察します。
集中内観が終わった後の心の純化は日々の日常の中で風化してゆきますので、研修所での集中内観が終わった後、この内観を習慣的に行うことによって感謝の心で毎日を過ごすことができるようになります。
内観法の誕生と経緯
現在の内観法は吉本伊信氏が始められました。
大正15年、奈良県大和郡山に生まれた吉本伊信氏は浄土真宗の篤信の家に生まれ、仏教に傾倒してゆきます。東大阪市布施の駒谷諦信師の元で浄土真宗の身調べを受けた後、現在の内観法を確立されました。本来浄土真宗には見調べという内観にあたるものが伝統的にありますが、宗教色を排除し一般に取り入れやすくしたものが現在の内観法です。
早くから各方面から注目されていた内観法ですが、日本の各地の刑務所でも、この内観法を社会更正の一環として取り入れています。
研修として取り入れている企業もあり、学校での指導の一環として生徒だけではなく教育に携わる教師の方々や、また夫婦関係や親子関係を見つめ直す為に、また、自己の気づきの為に内観を取り入れている方々が数多くいらっしゃいます。
優れた精神療法のひとつとして海外でも広く知られています。
集中内観のギフト
7 日間の集中内観。
自然な流れの中でここに導かれた私は何の気負いもなく当然のごとく半畳の屏風の中に座っていました。内観を始めた最初の2日程は足が痛くなってきたり、眠気が襲ってきたりと、なかなか内観に集中することができませんでした。
面接に訪れてくれる先生にお話をする時も自分の過去を知らない方に告げる恥ずかしさが先に立ちました。
最初は母に対する自分を調べていました。さまざまな思い出が雑然と浮かんでは消えてゆきます。数日が過ぎてくると、心が穏やかに静かに澄んでくるのを実感してゆきます。母がして下さったことは数限りなくありました。幼稚園に通っていた頃、母の元を離れるのが嫌で毎朝母をてこずらせていました。自宅の階段から転んで骨折をした私を乳母車に乗せて毎日病院に連れて行って下さいました。そして毎晩、私はお日様の匂いがするお布団で安心して眠りに就いていました。
仕事を持っていた母はどれ程忙しい思いをしていたことでしょうか。私は母が私の世話をするのが当たり前の如くに思っていました。母がして下さったひとつひとつを見つめてゆくと、それに対して私がお返しした事がどれ程少なく、また心無いものだったかという事実に直面してゆきます。母について持っていた葛藤は深く私の心を蝕んでいましたが、心にフタをして普段はそれに気がつかないふりをしていたのです。自分がいかに傲慢で、自己中心的な生き方をしていたか深い反省と懺悔の思いが沸き起こり、とめどなく涙が溢れました。
次々にわたしと関わりのある人達との事実を調べてゆくと、私という存在を消してしまいたい程汚れある存在に思えてくるのです。
そして、毎日生かされていること、命を頂くことへの感謝の思いが深い感動を伴って次から次へと湧き上がってきました。
一人一人に「ありがとうございます」と伝えても伝えきれない程の思いです。
母の胎内で育まれた生命が魂と肉体を持ってこの世界に誕生し続けています。そして誕生の瞬間から確実にこの世界での死を目指して人生が営まれてゆきます。私達は、人との繋がりを無くして生きてゆくことがいかに味気ないものかを知る者達です。自己利益を優先させようとするエゴに振り回されると一時的に状況が良くなったとしても、当たり前の如くその反動が自分に不利益をもたらしてきます。人との関わりが人生に彩りを与えてくれます。
相手の立場を考えた上で思いやりの心を持ち、純粋な関係を築き上げてゆくこと、そして人の喜びがどれほど自分にとっての喜びになることか気づかせて頂きました。
研修所を出た直後大きなギフトを受け取った私の目の前には一点の曇りもなく澄み渡った景色が広がっていました。
Jan.2001
【小島 ゆかり】





